「グリーンブック」(2018年)品位こそ全てに勝る

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第91回アカデミー賞の作品賞、脚本賞など3部門を受賞した、黒人ピアニストと白人運転手が差別の激しいアメリカ南部を巡るツアーに出るロード・バディムービーです。実話を基にした作品であり、主人公トニーの息子であるニック・ヴァレロンガが脚本や制作を手掛けて実現したヴァレロンガ家の思いの詰まった渾身の一作となっています。

ストーリー(ネタバレ込み)

1962年アメリカ、ニューヨークのナイトクラブでスタッフ兼用心棒として手腕を発揮していたトニー・“リップ”・ヴァレロンガは店の改修工事に伴い、2カ月間の仕事を探すことに。カーネギーホールの上階に住むドクター・シャーリーという人物が運転手を探していると紹介され面接に向かうが、その人物は医者ではなく黒人ピアニストでした。高級家具に囲まれトニーより一段高く置かれた椅子にもたれ、言葉使いもどこかの神父のようで、問題事は拳で解決してきた学のないトニーとは“合わない”タイプの人間です。「黒人に仕えることに抵抗は?」「ないよ」と答えますが、トニーは家に水道工事に来た黒人作業員が使ったコップをそのままゴミ箱に捨てるほどの黒人に対して偏見を持っています。シャーリーの条件は「週100ドルで運転手、スケジュール管理、洗濯など身の回りの世話」というものでしたが、トニーは「125ドルだ、お世話なんかしないし、あんたが南部をトラブル無く回るなんて無理だ」と面接を切り上げ帰ってしまいました。

翌日、トニーの妻ドロレスのもとにシャーリーから電話があり「2カ月ご主人をツアーにお借りしたい」という内容で、ナイトクラブでの“トラブルシューター”トニーの噂を知り125ドルで彼を雇うことに決めたのでした。このツアーは特に黒人差別の残るアメリカ南部地域を回るもので、出発前にはレコード会社からトニーに黒人が利用できるホテルや施設が記されている“グリーンブック”が渡され、カーネギーホールまで迎えに行きますが、トランクにシャーリーの荷物を積むことさえ拒み、こうしてチェロ奏者・オレグとウッドベース奏者・ジョージと共にドクター・シャーリー御一行2カ月の旅が始まります。

車内でも①ピアノはスタインウェイ②毎晩部屋にスコッチウイスキー・カティサーク③ハンドルを持つ手は10時と2時④車は禁煙、など様々な注文を受けます。最初の目的地ピッツバーグではシャーリーの演奏を聴きに来るのはきちんとした身なりをしたいわゆる“上流階級”で夕食会・社交界の後などトニーには縁のない人たちばかりで雰囲気にも馴染めず、タバコ片手に窓の外からシャーリーの演奏を耳にします。その音色はクラシックやジャズには疎いトニーの心を打ち、お堅い性格でそりの合わないシャーリーですが、ピアニストとしての彼の才能を素直に認め、その時の感動をドロレスに手紙でも伝えました。

インディアナでは予想された通り黒人というだけでシャーリーの希望したスタインウェイのピアノが用意されてなかったりと、トラブルも起こりますがそこはトニーの出番、会場のスタッフを熱心に説得しシャーリーのため、2カ月のツアーを無事に完走するため尽力するトニー、そんな彼の姿を見てシャーリーも次第にトニーを見る目が変わります。

ケンタッキー州ではトニーがフライドチキンを食べたがり、運転しながら素手でチキンを頬張るトニーを怪訝そうに見るシャーリーはフライドチキンを食べたことがないと言う。「うまいから食べてみろって」「手で食べるなんて考えられない、皿とフォークが要る」と拒みますが、強引にチキンを押し付け、恐る恐る初めてフライドチキンを口にすると、その美味しさに感心し、「骨はどうするんだ?」「窓から捨てるんだよ!」

黒人専用モーテルにシャーリーを泊め、トニーは近くの宿に。やがてベース奏者のジョージが慌てた様子でトニーの部屋を訪れ「早く来てくれ!ドクが大変だ」バーでは白人の男たちに殴られ傷を負ったシャーリーが。「面倒は起こしたくない、そいつを離せ」「ふざけんな、こいつに皿洗いをさせる」とシャーリーを離す様子はない。トニーは腰に手を回し「頭に穴が開くぞ」と銃があるかのように威嚇し、シャーリーを連れてモーテルへ送り「勝手に出歩くな」と注意します。

次の土地ノースカロライナへ向かう途中に車が故障しトニーが修理していると、畑では農作業をしている黒人の姿があり、シャーリーは彼らを見て、白人のトニーに運転手をさせている自分との対比に何かを思うのでした。コンサートの休憩時間にトイレに入ろうとするシャーリーはスタッフに止められ「お手洗いはあちらです」と外の小さな小屋を指示され、結局トニーの運転でモーテルまで戻ることに。それでもステージはいつも通りにこなし、どんな不当な扱いを受けてもツアーの完走を目指すシャーリー。トニーも訪れた土地での出来事をドロレスに手紙で記しますが、シャーリーは彼の子供のような文章にアドバイスをし、詩的で情熱的な手紙になっていくのでした。

ジョージア州ではショーウィンドウに飾られたスーツをシャーリーが気に入るが、店員はトニーにスーツを着せようとする。「いや、俺じゃないんだ」すると店員は嫌そうな顔をし「購入してくれたらサイズをお直しさせていただます」と黒人のシャーリーには試着すらさせてくれない。その夜もステージが終わりトニーのホテルの部屋に警察から電話があり、警察署ではシャーリーと見知らぬ裸の男が。トニーは釈放するよう警察に話しますが聞き入れてもらえず、彼はわずかな枚数の紙幣を警察に握らせ「これでいいだろ、いいスーツが売ってたぞ、それ着てカミさんと飯でも行けよ」とシャーリーを連れて帰ります。「警察を買収するなんて信じられない」「ツアーをやり遂げることが俺の仕事だ」

テネシーではトニーが知り合いに出くわし「黒人と何してるんだ、仕事なら紹介してやるぞ」とイタリア語で話掛けられ、「久しぶりに飲もう」と約束をする。その夜、バーへ向かうトニーをシャーリーは呼び止め「君の仕事は評価できる、正式なツアーマネージャーになってもらいたい」とイタリア語まで学んだ経験があり先ほどの会話も理解していた。「この仕事はやめない、あいつらにもそう話に行く」

ミシシッピ州の激しい雨の中を車で走行中に地元警察に止められ降ろされたトニーに「夜間の黒人の外出は禁止されているだろ」とシャーリーも雨の中、車を降ろされる。警官に「イタリア系か、黒人の運転手をしてる理由がわかったよ」とバカにされトニーはその警官を殴ってしまい逮捕されてしまう。シャーリーは何もしていないが、黒人が夜出歩いたという理由で一緒に拘留されることに。シャーリーは「弁護士に電話させてくれ」と頼みある人物へ電話をすると、すぐに知事から警察に折り返しの電話があり、なんとロバート・ケネディがすぐに2人を釈放するよう言っているという。

「なんだ、すげぇ知り合いがいるんだな!」「こんなことにために…恥ずかしいことだ」とシャーリーはうれしくなさそう。「オレは家族を養うため、金のためにせっせと働き、あんたは金持ち相手に演奏会、王様の椅子に座ってさ」と言うとシャーリーは雨の中、車を降り「私はあの家で1人だ、金持ちは演奏を聴くだけでそれ以外では私はただのクロだ、黒人でも白人でもまともな男でもない私は何なんだ」と悲痛な胸の内を話すのだった。黒人も泊まれる宿にトニーも一緒に泊まりドロレスに手紙を書いていると「ツアーが終わったら兄さんに手紙を書けよ、寂しい時こそ一歩踏み出せ」

ツアーの最終日のアラバマ、クリスマスの会場は立派なものだったが、シャーリーが案内されたのは小さな窓もない倉庫。トニーはバンドメンバーと食事をし、ある話を聞く「6年前ここで黒人ピアニストが白人の歌を歌うとステージから降ろし、袋叩きにした。才能だけでなく、その勇気が鍵なんだ」シャーリーがここまで我慢してアメリカ南部を巡る理由だった。

シャーリーはクリスマスコンサートのメインであるにも関わらず、レストラン入り口で止められ、“このレストランの伝統”で食事をさせてもらえないという。黒人でも入れる“オレンジバード”という店があるからそこで食事を済ませてくるよう言われ、シャーリーは「ここで食事が出来ないなら今夜の演奏は無しだ」と突き付ける。トニーを呼び金をチラつかせ「これでなんとか、説得してくれよ」と言う支配人に掴みかかると、シャーリーが止めに入り「やめるんだ、君が望むなら演奏する」2人はそのままレストランを後にし、オレンジバードへ向かうことに。その店には小さなステージがあり、店員に「ピアニストなの?証明してよ」と言われゆっくりステージへ。スタインウェイではないが華麗な演奏で店内を魅了し、店の客もそれぞれ楽器を持ち自然にセッションになり、トニーもシャーリーもクリスマスコンサートを十分に楽しんだ。

トニーはクリスマスには帰ると家族に約束いていたが、雪も降りスピードも出せず間に合うかわからない。そこへ先日の様にパトカーに止められる。窓を降ろすと「走り方がおかしいぞ、パンクしてるんじゃないか?」やさしく気遣ってくれた警官とタイヤを交換する。「気を付けて、メリークリスマス」

トニーの疲れも限界に達し「ここまでだ、近くに泊まれるところを探そう」と言うが、約束があることを知っているシャーリーが慣れない運転を代わり、トニーは後部座席で眠り、目を覚ますと自宅の前であった。「ありがとう、寄って行けよ」「いや…メリークリスマス」とシャーリーは誰も待っていないカーネギーホール上階の自宅へ帰っていく。

2カ月ぶりのトニーの帰宅に家族・親戚は喜び、楽しくツアーの出来事を聞かせるトニーに親戚が「あのクロはどうだった」と聞くと彼は「おい、クロはやめろよ」と制するのだった。トニーの家をシャーリーが訪れると、トニーは喜びみんなに彼を紹介する。「あなたがドロレス、トニーを貸してくれてありがとう」ドロレスはシャーリーをハグし「素敵な手紙をありがとう

まとめ・考察

黒人に対して偏見を持つトニーが旅を通してシャーリーの人間性に触れ成長していき、ラストのクリスマスパーティーでは2カ月前とは別人のような振る舞いを見せます。そして“寂しい時は一歩踏み出し”トニーの家を訪れたシャーリーにとっても彼とのやり取りの中で多くのことを学んだ旅となったのです。これは「遠ざけていたものと接し、そこから学ぶこと」があることを教えてくれています。差別がただ相手に対して酷い行いであるだけでなく、自分に対しても成長する機会を奪ってしまうのです。このように本作の表テーマは“人種差別”であることは明らかだが、何かそれだけではないような気がしたので記しておきます。

雨の中「私は一体何者なんだ」のシャーリーの言葉のように自分のアイデンティティを問う作品であると感じました。「自分のことならわかってるさ、ブロンクスで育ち~」のようにトニーは特に深く考えることなく、育った環境によって形成された“自分”はどういう人間で何をしている時が楽しい、など把握していますが、シャーリーは黒人には合わないとされたクラシックの教育を受け、レコード会社からはもっとエンターテイメント性を求められ“ベートーヴェン、ショパン、リスト”のようなピアノを弾いてきましたが、トニーは「自分流でいいのさ」と言葉を掛けます。この自分流こそ“アイデンティティ”であり、シャーリーが探しているもの。これは音楽だけでなく一人の人間としても同様に当時、白人を運転手として雇う黒人、白人相手に演奏会を開く黒人、男が好きな同姓愛者、など様々な“普通”でない自分に悩んでいましたが、ここでも必要なのは“自分流”です。トニーは演奏に対し「自分流でいいのさ」と言いましたが、実は生き方に対しても当てはまるセリフで本作の裏テーマがこの言葉なのではないでしょうか。

途中の売店で落ちている石をポケットに入れ持ち帰ろうとし、それを咎められ元に返したトニーですが、終盤の雪の降る中「旅のお守りあるんだろ、出せよ」トニーが売り物の石を返していなかったのをシャーリーにはお見通しだったのでした。このお守りが効いたのか、警察には親切に声を掛けてもらいましたし、クリスマスパーティーにも間に合いました。なぜシャーリーはわかっていながらトニーの行動を見逃したのか?少しずつトニーのような楽しそうな生き方を羨ましく思い始めたのか?ただチキンの骨は捨てるが、飲み物の容器を捨てるのは許さないなど、やはり頑固な自分流のこだわりはあるようです。実はトニーもマフィアから「面倒見てやってもいいぞ」「稼ぎには困ってない」と断り“そっちの世界”には行かないというこだわり、さらに手紙の最後に「子供たちにキスを」を付け足したいこだわりも持っていました。

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