「バニラスカイ」(2001年)これは人間の精神の革命

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大手出版社の若きイケメン社長デイヴィッドが事故で醜い容姿になり、周囲との関係も悪化し、次第に夢と現実の区別がつかなくなるまで混乱するサスペンス映画です。1997年公開のスペイン映画「オープン・ユア・アイズ」のリメイクでどちらの作品もペネロペ・クルスがソフィアを演じています。エンディングではポール・マッカートニーが本作のために制作した「Vanilla Sky」が流れます。

ストーリー(ネタバレ込み)

誰もいないタイムズスクエアを1人彷徨う変な夢を見るようになっていた…ニューヨーク・マンハッタンに住む出版社社長のデイヴィッド・エイムス(トム・クルーズ)は誰もが羨むまさに“セレブ”でこの日も“体だけの関係”と割り切るジュリー(キャメロン・ディアス)とベッドで目を覚まし、高級車で出社。「あれは~これは~」と社員から選択を求められますが、父親から継いだ社長としての業務にそれほど情熱はありません。場面は変わってラテックス製のマスクを付けたデイヴィッドは殺人の容疑で収監されていて、精神分析医マッケイブ(カート・ラッセル)に「本当のことを話してくれ、時間がないんだ」と問われます。「僕は誰も殺してない!」

自身の誕生日パーティーで親友のブライアンが連れてきたダンサーを夢見るソフィア(ペネロペ・クルス)に一目惚れしてしまったデイヴィッドは招待もしてないのにパーティーにやって来たジュリーに見せつけるようにソフィアと親密に振る舞い豪邸を案内します。その夜は彼女を家まで送ると言って家に上がり朝まで過ごしました。再び会う約束をして、ソフィアの部屋をあとにしたデイヴィッドの前にずっとつけてきたジュリーが現れ、彼女の運転する車に乗りますが、社内では「あなたの幸せって何?私の幸せはこうしてあなたといること」「ブライアンに私はセックスフレンドと言ったでしょ」とソフィアへの嫉妬に燃え興奮し荒々しい運転でデイヴィッドへの思いを伝え、2人の乗る車は猛スピードで橋から転落するのでした。

この事故で運転していたジュリーは死亡、デイヴィッドも瀕死の重傷を負い、自慢の顔に大きな傷が残り、特に右半分は醜く歪んでしまいました。その顔はアメリカ最先端の医療技術でも直すことはできず、顔を隠すためのマスクを渡されるだけでした。引きこもる生活になったデイヴィッドですが、決心を固めソファアに会いに行くと、彼女は「お見舞いに行ったけど会えなかったから」とマスク無しのデイヴィッドのデートの誘いを受け入れてくれました。しかし、2人きりと思っていたクラブでのデートにブライアンもいて「なんでお前までいるんだ」と悪態をつき「不気味だからマスクを外せ、新しいお前は最低だ」の言葉に険悪になり酔ったデイヴィッドはブライアンを連れてきたソフィアにも絡み始めます。クラブを後にした3人は雰囲気悪く解散、デイヴィッドは酔いつぶれ路上で寝てしまうのでした。

朝になり「目を覚まして」と目を覚ますとそこにはソフィアが、「正直あなたのルックスに惹かれてたの、でも中身は変わってないでしょ」と打ち明け、そのルックスを失ってしまったデイヴィッドの顔を見てショックだったが、これからデイヴィッドを支えていくと。二人の幸せな生活が始まります。やがて度重なる手術でデイヴィッドの顔も元の状態に戻ったのですが、自分の顔を見ることを恐れる彼のマスクをソフィアが優しく剝がし、ついにマスク無しの生活に戻ることができました。

ベッドで夜中、目を覚ましたデイヴィッドが電気をつけると、ベッドで隣に寝ていたのはソフィアではなく死んだはずのジュリーでした。「なんで君が…誰だ!」「私はソフィアよ」デイヴィッドは彼女を暴行し逮捕され、弁護士トーマスに見せられた写真には顔中傷だらけのジュリーが映っています。「やはりあの事故は俺を会社から追い出すために古参役員たちが仕組んだ罠だったんだ」保釈されバーに立ち寄るとそこで1人の男が声を掛けてくる。「僕らは知り合いだ、君を助けに来た、君の思い1つで全てを支配できる」「ここにいる全員を黙られたいね」と言うと周りの客が急に黙りこちらを見ています。「君は僕と契約を結んだんだ」

急いでソフィアの家を訪れますが、家中のソフィアの写真にはジュリーが映っています。再びソフィアが現れ2人は愛し合いますが、ベッドでは一瞬にしてジュリーに姿を変えてしまう。デイヴィッドは枕を押し当て窒息死させてしまう、しかし動かなくなり死んでいたのはソフィアだった。マッケイブはこの話を聞いて“一時的錯乱”として「情状酌量の余地はない」とデイヴィッドのもとを去ります。その時看守の見ていたテレビに映った特集を見てデイヴィッドは何かを思い出したかのように激しくガラスを叩き、マッケイブを呼び戻します。

二人が訪れたのはLife Extensionを宣伝するLE社。ここでは体を冷凍保存し、その時点の意識だけを“リアルな夢”に飛ばし、死の記憶を消去し、夢を見ている自覚は無く理想の人生を見せるサービスを提供していて、デイヴィッドもLE社の顧客だったのです。“これが夢の中“と気付いたデイヴィッドは救護員ヴェントゥラを呼びエレベーターで屋上へ「僕の身に何があった、どこから夢だったんだ」と尋ねると、クラブに3人で行ったあと路上で寝てしまったところまでが現実、と告げられます。ソフィアに起こされた場面からはLE社が写し出した”リアルな夢“で、現実は1人路上で目を覚まし、会社の覇権をかけて役員と戦い、トーマスの助けもあり会社はデイヴィッドのものであり続けた。だがソフィアを思い再び何か月も引きこもるようになりその時偶然LE社の広告見つけ、契約したあとに多量の薬を飲んで自殺を図ったのでした。ブライアンは親友として3日間にわたるお別れパーティーを開いてくれた。そしてデイヴィッドは冷凍保存されて150年眠り続けていることに。

またソフィアとジュリーが入れ替わったのは潜在意識から来るバグであり、デイヴィッドが殺したのは自分自身であった。ヴェントゥラはデイヴィッドに最後の決断を迫ります。「のままリアルな夢を生き続けるか、現実の世界へ戻るのか」蘇生は可能だが莫大の財産は底をつき、かつての裕福な暮らしは望めないし、ソフィアもブライアンもいない。それでもデイヴィッドは「君にとっての幸せとは何だ」と問われ「本当の人生を生きたい、もう夢は見たくない」と夢を終わらせ現実へ戻ることを決心。リアルな夢で最後に望んだものは「ソフィアにもう一度会いたい」現れたソフィアに対し「彼女の車に乗らなければ…僕は冷凍、君は死んでるけど愛してるよ」と告げビルから飛び降りる。様々な場面がフラッシュバックし「目を覚まして」という声でデイヴィッドは目を覚ます。

まとめ・考察

初めて見たのは随分前のことだったので細かい箇所まで覚えていなかったですが、改めて難しく・面白く・考えさせられる作品でした。サスペンス要素もあるので緊張感あるBGMでハラハラさせることもできたはずですが、ピーター・ガブリエル、ケミカル・ブラザーズの音楽などもあり“ふわふわ夢の中”という演出が散りばめられている印象です。いくつか気になった箇所を記しておきます。

最後のソフィアは…

屋上でデイヴィッドが最後に会ったソフィアはあくまでも彼が想像する理想のソフィアでしかない、という点を忘れてはいけません。ブライアンが開いたデイヴィッドのお別れパーティーを訪れたソフィアは悲しそうに見え、わずかな時間でしたが彼女にもデイヴィッドを思う気持ちがあったことは窺えますが…あれだけの美人ですのでその後の人生において愛するパートナーを見つけ、幸せに暮らした可能性は十分にあります。「生まれ変わったら別の世界でまた会おう」もデイヴィッドの一方的な思いにすぎない、というわけです。このセリフを言ったのは“現実に戻る決心”をした後のデイヴィッドですが、飛び降りるまでは“リアルな夢”彼の望む理想でしかないのです。

頭でっかちの殺人

事故で障害を負いそのせいで恋人が離れてしまった、と被害妄想で性格が歪んでしまった末の犯行を犯したのは「古畑任三郎」での福山雅治でした。本作も事故のせいでデイヴィッドが見た目だけでなく人格、そして人生までも変わってしまうストーリーとなっています。ソフィアは事故の前のデイヴィッドをほとんど知らないため、ブライアンこそが「以前のデイヴィッドに戻って欲しい」と最後まで願っている1人でした。あとは会社の弁護士として支えてくれたトーマスくらいでしょうか、彼には遺書を残していたようです。しかし、問題はデイヴィッドにとって彼らは“そこまで大事ではない”ということ。ラストシーンのビルの屋上でブライアンは現れますが、なぜか言葉を発しません。リアルな夢がスタートした直後仲直りしたかのように楽しく談笑するシーンはあるので、デイヴィッドの理想ではブライアンとも親友であり続けたかったのが想像できますが、デイヴィッドがこだわるのはやはりソフィアのみ。誕生日パーティーで一目惚れし、彼女の部屋で朝まで過ごした、ただそれだけの関係より“ブライアンとの友情”は小さい存在だったということ。

デイヴィッドの成長

またビルの屋上にジュリーが登場しない点もデイヴィッドの未熟さを感じます。「自分は被害者、変な女に人生めちゃくちゃにされた」と最後まで思っているのです。ソフィアへの「彼女の車に乗ってなければ」がそれを表しています。自分がジュリーを傷つけてしまった、なんて思いがデイヴィッドの中に芽生えることはありませんでした。「これは夢」と理解したならジュリーを呼び出し「僕も悪かった」と一言掛けてあげることだってできたはずですし、最後まで親友として扱ってくれたブライアンにも感謝を述べるべきでした。“愛に生きた”と言えば聞こえはいいですが、「あなたもう少し他人の気持ちというものを勉強なさった方がいい」がピッタリなデイヴィッドでした。成長したのは高所恐怖症克服くらいでしょう→それで父親に認めてもらったことになるか?

LE社とは

本作では「目覚めた後のデイヴィッドはどうなる?」が議論になるはずです。資産はないが懸命に生きた?150年後は整形技術も進歩していて顔は元通りに?ソフィアもデイヴィッドの目覚めを待って冷凍保存されていた?などもありますが、私が救護員ヴェントゥラを見て「似たようなのあったな…」と思い出したのが、相島一之さん。「世にも奇妙な物語」に「アイリウム」というお話があり、嫌なことを忘れるためアイリウムを一粒飲むと24時間経過しているがその間の記憶がない、辛いことを忘れられるが、それを乗り越えた記憶も楽しい思い出もない、というストーリーでした。つまり「LE社なんてなかった、全てはデイヴィッドを改心させるための治療」というストーリーです。デイヴィッドが洗面台で自殺を図るため多量の薬を飲みますが、あれで昏睡状態に陥る。崩れた顔のままのデイヴィッドが目覚めたのはオープニングのようにひとりベッドの上…

また冷凍保存のシーンで“デイヴィッド・エイムス(1968年~2001年)”とありますが、2001年時点でそんな技術がないことは明らかです。またはそもそも“全て”が夢オチ…ビルから飛び降り目を覚ましたらクラブでの泥酔後、路上に転がっていただけだった、もなくはない。

本編のストーリー通りに解釈しても見たくない現実から逃れ、冷凍保存の道を選び自殺を図ったことでソフィアやブライアンとの未来を見ることは叶わなかったのです。3人仲直り出来た…かもしれないし、そうでないにしてもデイヴィッドを支えてくれる別の友人や女性に出会うことだってできた…かもしれない。その可能性を全て閉ざしてしまったのはデイヴィッド自身なのでした。

マッケイブの役割

「すべてバグ」と言ってしまうとこの推測は意味を成しませんが、マッケイブとの面会は何の意味があったのか?全く理想の世界からほど遠いあの暗いシーンは「誰かに本当の想いを聞いてもらいたい」のだと感じました。事故で両親を亡くしたデイヴィッドは全てを話せる父親のような存在としてマッケイブを作り上げた。マッケイブに全てを話した後には「デイヴィッド、私は君が好きだ、まるで家族にように思えてきた」LE社では「息子だ、すごく内気でね」

自殺への後悔、また枕でジュリーを窒息死させてしまったのは「ジュリーの死は僕が原因か?」とジュリーへの懺悔もわずかにあった可能性もあります。それらをマッケイブに打ち明けるうちに“ただソフィアとの甘い生活”なんておかしいのでは?と「眠ってるデイヴィッド目覚めろ、何かおかしいぞ」と自分に対して訴えていた、と私は考えました。「酸っぱさ苦さがあって、甘さがある」デイヴィッドは労せず大企業を継ぎ多くを手にしてきました。あの事故から彼にとって“生きる”ことへの問が始まったのではないでしょうか。

そして最後にマッケイブは娘の名前を答えられませんでした。あのシーンで「マッケイブは想像の人物なんだ…、これはバーチャルの世界だ」と我々もデイヴィッドも気付くのですが、何か適当な名前を当てはめればよかったにもかかわらずマッケイブは何も言えなかった。あれはデイヴィッドが「答えなくていい、これはリアルな夢」とはっきり認識したかったからであり、またマッケイブがデイヴィッドを現実へ導いてくれた、最後に娘の名前を“答えられなかったこと”により、彼の役割は終わったのです。「私は本物だ…」と生きようとする、また「デイヴィッド、これは役員たちが仕組んだ策略だ!」と夢の中に引き留めようとするマッケイブは何を表現したかったのか?LE社の作るプログラムはそれだけ強烈なキャラクターを動かしている、ということにしておきましょう。

なぜデイヴィッドは現実の世界を選んだのか

実はこれが最大の謎ではないでしょうか?あれだけこだわったソフィアのいない、財産もない、直せるかもしれないが顔も崩れたままの世界に少しの迷いなく「戻れるのか?本当の人生を生きたい」と言ったのか?これはマッケイブとの最初のシーンで「夢を見るのが怖いか?」「全てが悪夢だ」と話していたことから理想の世界と思っていたリアルな夢は潜在意識の影響で彼にとって居心地が悪かったのでしょう。その結果マッケイブを作り出しLE社まで辿りつく物語が本作なのだと考えます。

ただヴェントゥラは「もう故障は治った」とも言っていてビルの屋上の記憶を抹消しソフィアとの甘い生活に戻ることも出来たようです。LE社の言うこともあまり信じられませんが…

デイヴィッドとジュリーの約束

ジュリーが車で暴走する直前に「いつから気にするのをやめたの」「何を?」「自分のした約束に責任を持つこと」「約束?」本作で描かれている限りは出社する時の「あとで電話する」「あとで、っていつ?」「すぐ」しかありませんが、この約束を忘れたことで「一緒に死んでやる」って思ったのでしょうか…ブライアンが開いてくれたお別れパーティーの場面、ヴェントゥラとの会話の中で「何事にも結果がある、小さなことにも」「その小さなことが何より大切なんだ」ここと繋がっているのかも。ソフィアのことに関しては一晩過ごしただけでも150年彼女を思い続けた、それくらい特別な愛を感じた夜だった。

ソフィアが何を見つける

ラストシーンで「君は言ったよね、人は思い立ったら人生をやり直すことができる」「また見つけるわ」ソフィアが何を見つけるのでしょう?猫に生まれ変わったらデイヴィッドを探すということか…それともソフィアも冷凍保存されていてデイヴィッドが目覚めたのを機に彼女も長い眠りから覚めて、現実世界でデイヴィッドを探す、ということか。ただあの屋上シーンはデイヴィッドの夢の中なので、ソフィアがデイヴィッドも知らないそんなことを言う可能性は低いかも

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