道尾秀介「ラットマン」僕が何もしなければ、事件は解決していた

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道尾秀介さんの「ラットマン」のレビュー記事になります。

所々、ネタバレもありますので、ご注意ください。

この本の良さが伝われば幸いです。

構成

姫川の目線中心に話は進むので、主人公は姫川でいいと思うのですが、「谷尾はこう考えるだろう」「桂のこの行動は~」など様々な「○○目線」が描かれていて登場人物も過去を含めると多いので、集中力・気が張る展開。道尾作品だと「シャドウ」も「○○のストーリー」が目まぐるしく転換していましたが、今作は登場人物の「心情」で読者を思い込み・ミスリードさせる、まさに「ラットマン」というタイトルがぴったりな一冊です。

現在のひかりの事件と過去の姫川の姉の事件が入り乱れ、姫川自身も何が何だかわからなくなる場面が描かれていて…というより今作は「隠蔽」により誰も何もわかっていない状態で話が進むので、当然読者も惑わされます。最後には真相が明らかになりますが、「読者をこう思い込ませる」そのために「あの時のあの行動」が矛盾無くいくつも仕掛けられているので、サスペンスがお好きな方は楽しめると思います。

タイトルの「ラットマン」とは同じ絵でも見る人の経験・心情によって「人」「ネズミ」に見え方が異なってしまう、という有名な絵のことです。鼠男もネズミも出てきません。カマキリとハリガネムシの話や歌の歌詞が登場人物の実情を暗に示しています。

登場人物

ネタバレ無しでメインの登場人物をまとめておきます。

・姫川亮 

ロックバンド「Sundowner」ギター担当、30歳、小学校1年時に姉を亡くす

・谷尾

ベース担当、姫川の高校時代の同級生、父は刑事

・竹内

ボーカル担当、姫川の高校時代の同級生、姉は大学病院の精神科医

・小野木ひかり

前ドラム担当、姫川の高校時代の同級生、2年前にバンド脱退、姫川と交際中、ストラト・ガイのスタッフ

・小野木桂

ひかりの5歳下の妹、ドラム担当

・野際

音楽スタジオ「ストラト・ガイ」経営者、経営難からスタジオ閉鎖予定

・隈島

刑事、姫川の姉の事故死を担当、ひかりの事件も担当

あらすじ(ネタバレ無し)

クリスマスのライブに向け準備をするロックバンド「Sundowner」のメンバー達、高校時代からお世話になったスタジオ「ストラト・ガイ」の閉店を知らされ、特別な思いでリハーサルに臨むが、姫川には心配事が。交際中のひかりの妊娠発覚、堕胎手術、さらに桂への好意を見抜かれ、別れを切り出されます。しかし、姫川はひかりのお腹の子の父親は別にいると、ひかりの浮気を疑い、またひかりとの結婚に踏み切れなかったのは姫川の姉の不審な死による複雑な家庭環境で育ったことが影響していました。そしてストラト・ガイでの最後の練習後、真っ暗な倉庫でひかりがギターアンプの下敷きになり亡くなる事件が起こります。

感想(ネタバレ有り)

姫川目線でブレーカーの工作などが描かれているので、ひかりの浮気を許せなく姫川が殺害したのだと、思いますよね。「Walk this way」が「俺と、同じことをやれ」と亡くなった父親から言われている気になったのは強引でしたが、「同意書にサインだけして」の場面の「殺意というもののスイッチ」という表現もあり、真相は違いましたが、本当に姫川はひかりを殺すつもりだった?と読めます。

この「同じこと」が何を意味するのかで姫川の行動が何を指すのか、読者の推測が変わります。てっきり「殺害」をしにトイレ休憩に出て行ったように描かれていましたが、姫川の「同じこと」とは「隠蔽」のことでした。倉庫でひかりが倒れているのを見て、23年前を思い出します。父が亡くなる直前の「正しいことをした」の言葉に姫川は「何かが隠されている」と思ったのでは。

姉の死

姫川母は夫の病気の看病から来るストレスを抱え、夫の連れ子である娘を虐待、娘はそれが原因で自殺、夫もすぐに亡くし、息子である亮とも罪の意識で距離をとるように

姫川父は妻が娘を虐待していることは知っていた、娘が庭で血を流して倒れているところを発見、妻のトレーナーの袖に血が付いているのを見て、妻の犯行だと思い隠蔽、姉が転落死、自分も残りわずかな命、妻が捕まれば亮はひとりになってしまう。娘に最初に触るのは妻でなくてはいけない。

姫川亮も母の袖の血に気づいていたが、その時はなんのことだかわからなかった。

23年前の姉の死は事故死、母は娘にサンタの絵をプレゼントしようとし、袖についたのは赤い絵の具でした。姉もウサギ・ハンプティダンプティと虐待を夢だと思っていたので、自殺には結びつかなかった、虐待は夜寝ている時にのみ繰り返されていた。姫川も家族の関係を現在になり、戸籍謄本を見て気づいた。

ひかりの死

姫川は姉妹の不仲、桂が自分をめぐってひかりを殺害したと思い、桂のダウンジャケットの袖の血にも気づいていたので、ひかりに最初に触るのが桂になるよう、父と同じように「隠蔽」をした。犯人は桂だと思い込み自らカッターで自殺を図る、もう少しで父と同様勘違いをしたまま、真相に辿りつけなくなるところだった

桂は姫川の犯行だと思い、「全部知っているんです」「お姉ちゃんが死んでも哀しくなかった」とも発言していることから、うれしかったとまではいきませんが、より姫川への思いが強くなった、ともとれます。

野際が犯人・お腹の子の父親だったわけですが、スタジオ閉鎖に絶望し一緒に死のうと、ひかりに頼むも断られ、カッとなって殺害。倉庫が姫川の工作により「事故現場」になっていたため、黙っていようと

谷尾・竹内は「姫川がやったのか?」と心配しながらも、姫川犯人説に読者を誘導するために作者の都合よく動いていた、という印象。父が刑事、姉が精神科医も都合良過ぎか…

まとめ

「今回の出来事は、まるであの事件のコピーだ」”コピーバンド”というのはこの1文のための設定だったんですね。演奏シーンもあり、Super100JHが出てきたり、まぁアンプだったらJC-120でも頭に落ちてきたら助かりません。そういえば第五章で「緑色に光ったアフロヘアの黒人」としてジミヘンが再び出てきますが、何か意味があるのでしょうか?ただの遊びとしての一節か。

主人公が犯人?系も珍しいですが、ないこともない。映画だと「○○・アイランド」とかですね。ただ今作は姫川犯人説を軸に物語が進行していくので「このまま姫川がやりました、はないだろ」と予測しちゃいました。

残る大きな疑問は「ひかりはお腹の子の父親を誰だと思っていたのか?」ですよね。姫川からお金を受け取らず「とにかく、早く堕ろしたい」は「野際との子だから」ともとれる。が、「父親は、あなたでしょ」とはっきり言う場面も…「俺の子か、じゃあこの際結婚しよう」と姫川が言っていたら、ひかりはどう返したのか。

「カマキリ(ひかり)の腹の中に入りこんで中から殺すハリガネムシ(野際)」という意味が込められていたと思いますが、ひかり目線での記述はないため、ここの答えは出ないですね。姫川の「このカマキリ(ひかり)もう死ぬな」は当たっていたわけです。ただ「勝手に腹の中に入り込んでくる」というのも誰目線の記述なのかわからない、ひかりにしてみたら父に会い自暴自棄になり、野際と一度だけだったとしても関係を持ったのは自分の意志であり、「勝手に」という表現はおかしいのでは?ストラト・ガイの前でカマキリ・ハリガネムシを姫川が踏み潰したのはひかりと浮気相手に腹が立ったから、だとするなら「勝手に」は姫川の気持ちだろうか。

父の看護師の卑沢、刑事の西川、の二人は大きな役割を持っているとは思わないが、姉妹の父親の小野木聡一とは何だったのか?すっかり落ち着いてしまった父と会いひかりはがっかりして自暴自棄、聡一が昔のように破天荒なイメージだったなら、今回の事件は起こらなかった?被害者はひかりだけど、彼女にも問題はあったのでは、と考えてしまいます。また高校から一緒だったわりには誰もひかりのことをわかっていない、とも感じました。

みんな「勝手に」思い込み考えを打ち明けず、浮気したり、殺したり、隠蔽したりと自分勝手な人物ばかりだった、とも思いましたが、刑事の隈島だけは過去の事件から20年以上姫川のことを心配してくれていて、真相にも真っ先にたどり着いた。それが仕事なのですが、今作の最も正しい行いをした人物でしょう。

創作のエレベーター内での会話や第○章の度にSundownerの歌詞が出てきますが、どういう意味か判断は難しいです。「Toys in the Attic」「Rats in the Cellar」「Walk this way」「Love in An Elevator」などを散りばめているのはわかりましたが、隈島の「See Them, And You’ll Find」が気に入った、というのもどういう意味なのか…

まとめが長くてまとめになってないですね、この辺にしておきましょう。

読み進めれば事件の真相などは解説されているのでわかるかと思いますが、細かいポイントまでは理解が難しいですね。それでもサスペンス感満載の今作、とても楽しめました。 ではまた

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