木内一裕「水の中の犬」私は探偵なんでね、調べるのは得意なんですよ

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木内一裕さんの「水の中の犬」のレビュー記事になります。

所々、ネタバレもありますので、ご注意ください。

この本の魅力が伝われば幸いです。

構成

第一話「取るに足らない事件」第二話「死ぬ迄にやっておくべき二つの事」第三話「ヨハネスからの手紙」の3部構成となっています。ハードボイルドという言葉がぴったりな探偵の目線中心に数々のトラブルが起こり、読者を引き付けますが、結構リアルな暴力描写が頻発するので苦手な方は気を付けてください。薬物による気持ちの浮き沈みや暴力により意識が薄れていく様子も私は体験したことはありませんが、細かく文字数使って表現されていてちょっと恐さを覚える一冊です。

まっすぐに麻薬、強姦、殺人は隠すことなくストレートに描かれ、読み終わりに「あの場面はこうじゃないか」とか「あの時探偵は実はさ…」みたいな推測を挟む箇所はほぼ無し、ひたすらストレートに物語が進むので、難しく考える必要は無くサラッと読めるのではないでしょうか。なのでこうしたレビュー記事・考察のような記事で「自分はあの場面こう思う」など書くことはあまりありません。あとは銃の説明がたびたび登場しますが、あくまでも作風を彩る描写であり、わからなくて大丈夫なのでそこで脱落しないように。

主要登場人物

・探偵

名前は不明、元警官、他の探偵が引き受けない依頼も引き受ける、妻・娘とは離縁

・情報屋

名前は不明、探偵とは古い付き合いらしい、

・矢能政男

菱口組のヤクザ、笹健組の組長・笹川健三の下で働く

あらすじ(ネタバレ無し)

話がつながっているので断片的に各ストーリーをまとめます

第一話「取るに足らない事件」

妻子ある山本浩一と不倫関係にある田島純子は彼の子を妊娠しており、さらに不倫相手の弟・山本克也から強姦され「兄貴に知られたくなかったら、言う通りにしろ、言いなりになれ」と脅されます。そこで探偵に依頼し「あの男が死ぬこと」を望む。

第二話「死ぬ迄にやっておくべき二つの事」

吉野美雪から麻薬の前科がある「兄・吉野洋一を探してほしい」と依頼される。矢能は笹川から命じられ探偵を見張る。洋一と共に逮捕された泉昌夫、六本木の麻薬を仕切っているマルコから金光の情報を聞き出す。金光は洋一・泉とクスリを売っていたが使う方に夢中になった中毒者。探偵と矢能は金光の父親の鉄工所に向かい、そこで縛られている少年を見つける。

第三話「ヨハネスからの手紙」

探偵は8年前の警察を辞めたきっかけとなる出来事を思い出していた。黒木柚子は小学1年生の娘・がヨハネスという人物に殺される、と話す。ヨハネスとはかつてDV夫から柚子を守ってくれた元警察官・歳川章雲であり、歳川は柚子の夫を殺害し懲役7年、息子・勇太を柚子に託した。しかし生活は苦しく、柚子は車で海に飛び込み勇太と心中を図ったが、自分だけ助かってしまった。その復習に栞を殺しに来る「歳川を見つけてほしい」と依頼

感想(ネタバレ有り)

第一話「取るに足らない事件」

山本克也の情報を調べるところから斬新ですよね、わざと事故を起こし免許証を出させる。その事故もサイドブレーキで止まることでブレーキランプを光らせない、こういった事故の起こし方もあるなんて、そういったアイデアからして「危ない世界だな」を思わせます。木島もそうですが「警察時代の先輩」というだけでこんな簡単に民間人に情報を流してくれるんですかね?今作通してですが都合良過ぎるかなと、ここは引っかかりますが、まぁそうしないと話進まないしね。

最後に「眼鏡を掛けた背の高い男」の写真を持ってきた田島純子に代々木上原のマンションを教えますが、「眼鏡をかけた背の高い人」も中盤で出てきていたんですね、ここは「なんのこと?」となりすぐ読み返しました。

気になるのは克也の最期の「兄貴に頼まれたんだよ」ですが、あれほどの人間ですから平気で噓くらいはつくでしょう、この言葉を信じていいのか?今作はとにかくストレートですから“本当”と捉えていいかと思います。その見返りに兄・浩一は弟・克也をいろいろと援助していた、と考えれば説明がつきますし。

鉄砲屋での殺し屋・ヤンとの会話では「銃はただの道具、カッターで充分」はこの後の克也のマンションでの場面とリンクし、田島純子は銃を持っていたが、実際に克也を殺したのは探偵が持っていたカッターだった。田島純子は殺す覚悟を持っていなかったということか。「あんたが理想としている自分と本当の自分は違う」は第3話の忘れていた過去の自分と結びついていて、「カウンセリング」という言葉も出てきますが、なかなか細かい。ヤンが探偵のことを知っていたということはないはずですし、やはりヤンは只者ではないんですね。

第二話「死ぬ迄にやっておくべき二つの事」

弟・克也を殺せなかった田島純子ですが、しかし兄・浩一をけっこうあっさりとドアの隙間から撃ちます。少しだけでも話を聞いてみようとかは思わなかったんですかね?克也の言葉をそんな簡単に信じてよかったのか、まぁああいう状況で冷静な判断なんてできないってことかもしれません。

ここから矢能が出てきますが、その場面で探偵が笹川に「あんたは何もわかっちゃいない」(←これ口癖でしょうか)と言いますが、「田島純子は浩一との子供を妊娠している、孫を殺すことになるぞ」って教えてもよかったのでは?依頼人のプライバシーであり探偵としてのプライドなのかもしれませんが、急いでヤンに殺しの中止を連絡すれば間に合った可能性もあるのに。

マルコ・泉・金光とクスリ関係の事件が繰り広げられますが、探偵も痛みを忘れるためモルヒネを度々接種しています。癌患者のためのものと思っていましたが、こんな風に使う人もいるんですかね?ただその回数がやけに多いのでなんらかの依存状態みたいなものに陥っていることは推測されます。しかし、今作で「クスリはだめだよ」を言いたいわけではないでしょうから、まあ作風として良しとしましょう。

金光の鉄工所事務所から派手なアクションが増えますが、(読解力がないだけか)よく状況・景色がわからなくなりました…洋一が脚撃たれ、探偵は銃で殴られ、矢能が金光を撃って、ヒュンダイで金光・洋一が逃げるのをBMWで追う、銃撃戦、BMWを奪われヒュンダイで追いかける、少年の父親・武田が身代金渡すも金光に撃たれる、金光は武田のベンツで逃げる……合ってる?この辺で「わかんね~よ」になりました。こんなに車奪われるか?左手撃たれて探偵もこんな動ける?結局誘拐されていた・タカシは金光に撃たれていて助かりませんでした、の結末です…う~ん、第2話は疲れる…

第三話「ヨハネスからの手紙」

娘のクラスメイトが残忍な犯行によって命を落とし、当時警察官だった探偵は犯人を射殺、それは相手が襲ってきたわけではなく警察官として正当な銃の使用ではなかった、という探偵の過去が明らかになりますが、この当時の心情は描かれていません。幼い命を奪った犯人への“怒り”なのか?ヤンが言っていた「あんたはドアの中に入りたくてしょうがない」の“ドア”とは何か?探偵には“殺人衝動”のようなものがあったのかもしれません。元警察官として悪・卑怯な奴を許せないという正義をもちろん持っていますが、探偵はたしかに「好き好んで危険な仕事」をしているようにも見えなくもない。ヤンにもそう見えたのでしょうか?だが再びヤンに鉄砲屋で会った時に「あんたは思っていたような男とは違った」と言われます。「さあ、俺にもわからんよ」意味はヤンにもわからないと。過去の記憶が戻ったことが関係しているというより、銃を求める意味ではないでしょうか?今回は警察官時代の後輩・木島が殺され、ヤクザの汚れ仕事を受け持つ組織“ディーボ”のトップ・川久保軍治という本当に“殺したい相手”がいて、山本克也の時とは覚悟が違う。“殺人衝動”と“復讐殺人”の違いをヤンは感じ取った、と推測します。

結末はヨハネス・歳川はすでに殺されていて、黒木柚子は19歳で産まれたばかりの赤ん坊を殺害、DV夫から守ってくれた歳川の子供・勇太も殺害、そして栞も殺そうとしていた。探偵に「娘が歳川から狙われている」の承認になってもらうため依頼を持ちかけた、でした。柚子の証言が信用できないとすると、話が大きく変わってきますよね。歳川が柚子の夫を殺害したのは本当にDVから守るためだったのか?勇太を乗せた車で海に飛び込んだのは?レスキュー隊に助けられたとありますから本当に飛び込んだのでしょう。ただ「デート中のカップルの通報で駆け付けたレスキュー隊」ですから柚子も本当に死のうとしていた可能性もあります。何か自分だけ助かる手段を用意していたのか?柚子が“どんな闇”を抱えているのか、愛する子供を殺したい“殺人衝動”ということでしょうか?だとしたら「車で海に飛び込む」なんてことしなくても他の方法ではダメだったのか?「この母親のもとでは栞はいずれ殺される」と判断した探偵は“物語”を終わらせるため柚子を撃ったのでした…

と、ここで今作は終わります。これがすごい!本当に物語が終わった…

探偵は川久保を殺害した後に地下駐車場で戻ってきた鎌田に撃たれ負傷するのですが、そのまま黒木柚子のアパートに向かいます。なんで!?病院じゃないの?栞は矢能といっしょで安全なんじゃないの?柚子を撃った探偵はその後アパート前で力尽きるのでした……これは納得いかない…

まとめ

「探偵は死ぬ迄にやっておくべき二つの事」を出来たのか?タカシは救えなかったけど栞は救った、と考えることができるかと思います。あとひとつは…う~ん、やっぱり矢能ですかね。「あいつは俺が知ってる中でも最高の男だ」と矢能に思ってもらえたこと、それを娘にも伝えてもらえたこと、かなと。ただ二つ目は厳密には探偵が死んだ後のことであり、探偵は”二つのことをやれなかった”でもいいのかもしれません。その思いを矢能は受け継いでいるでしょうし、続編から栞は探偵事務所の仕事を手伝ってくれます。

と、ここでネタバラシ。実は「バードドッグ」→「アウト&アウト」と過去に読んだことがあるため、探偵が死ぬことも栞が死なないことも知ってました。「探偵・矢能シリーズ」なんて言われているくらいですからね。木内さんは始めから矢能を主人公に「これをシリーズものにしよう」と考えていたんですかね?だとするとすごいな…“矢能シリーズ1作目の主人公は矢能じゃない”なんて見事です。たしかKAT-TUNの亀梨さんがおすすめで「バードドッグ」「アウト&アウト」を挙げていたんじゃなかったかな?順番があることを知っていたら「水の中の犬」から読んだのに(笑)情報屋も美容室のお姉さんも後のシリーズで出てきますよね。殺し屋ヤンはどうだったかな?忘れました。

ただ本当に“探偵”なんですね、誰も名前で呼ばないんだ…矢能が「昔、ある探偵が…」とか言っていたので、「どんな探偵なのか」は気になっていましたが、その期待通りの探偵でした。(←この楽しみは続編から呼んだ人だけですね)

なぜ探偵に名前がないのか?う~ん…これは難しい…誰もが繰り返し呼ぶことで“探偵”という強いイメージに結びつくのはわかりますが、山田とか佐藤とかだと“人間”になってしまうから?用心棒はみんなから“用心棒”と呼ばれているみたいなことかな…

正統派ハードボイルド作品をお探しの方にはおすすめできる一冊だと思います。シリーズの順番としては「水の中の犬」→「アウト&アウト」→「バードドッグ」→「ドッグレース」という4作目もあるそうですね、読みたい。「犬」って何か表しているのか?

ではまた

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