道尾秀介「カラスの親指」一人だけ違う方を向いていた

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道尾秀介さんの「カラスの親指」のレビュー記事になります。

所々、ネタバレもありますので、ご注意ください。

この本の良さが伝われば幸いです。

主要登場人物

・武沢竹生

詐欺師、46歳、12年前に妻の雪絵を癌・7年前に娘の沙代を火事で亡くす

・入川鉄巳(テツさん)

詐欺師、45歳、武沢の相方、鍵屋だったためピッキングが得意、債務整理屋に騙され妻の絵理は自殺

・河合まひろ

父は蒸発、母は借金を苦に自殺、スリで生計をたてる

・河合やひろ

まひろの姉、25歳、仕事も家事もしない

・石屋貫太郎

やひろの彼氏、歌いながらマジックをするマジシャン

・ヒグチ

過去に武沢に「わた抜き」仕事をさせていた、武沢がリストを警察に流しヤミ金組織は壊滅

構成

confidenceから来る「コン・ゲーム」という騙し騙されの詐欺師のお話です。相棒がいて、頼りない個性的な仲間が増えて、それぞれが悲しい過去を背負っていて、敵が現れて立ち向かう、よくある構成のようにも思われますが、実はそんなことはどうでもよかった、という作品なのが今作のポイントです。途中で「親指」の存在に気付く人はまずいないのでは?序盤にアナグラムのことに触れ印象づける場面があるため、「これはアナグラム?」と思わせる単語がたびたび出てきますが、それに対する解説は無く進む箇所も多いですし、深く考えなくてもストーリーは追えますので大丈夫です。

中華料理屋のポスターを見て「他人のペテンを鑑賞している暇はない、こっちは遊びじゃないのだ」が後になって効いてきますが、それがわかるのはラストの40ページで、いわゆる大どんでん返しとなっています。ただ食事をしていただけの場面もちゃんと意味があったりするので、「そんな場面あったっけ?」にならないよう短い期間で読むことをお勧めします。

あらすじ(ネタバレ無し)

武沢テツさんの中年詐欺師コンビが、街でまひろのスリの犯行を目撃し、3人は出会います。家賃が払えなく住むところがないというまひろを家に住まわせてあげることになり、やがてやひろ貫太郎、白い子猫「トサカ」も加わり5人と猫一匹での生活に。身の周りで起こる不審な出来事から、武沢は過去の因縁のヒグチに狙われていることを察します。ヒグチのグループによる犯行と思われる家のボヤ騒ぎ、家の前に怪しい車、過去に武沢・テツさん・河合姉妹は同じヤミ金組織に人生を狂わされたのでした。迷子になっていたトサカの死体を家の前に置かれ、人生を取り戻すための復習を決意。「武器や腕力じゃなくて、頭を使う。命を狙うんじゃなくて、金を狙う」詐欺師らしく闘う

感想(ネタバレ有り)

実は全てテツさんの作り上げたストーリーで武沢を追ってきている組織なんてものは無く、組織の人間はテツさんが雇った劇団員で、本物のヒグチが始めた建設会社から半年前に六千万を騙し取っていて、すでに「本物」の復習は終わっていて、それを今回の大芝居の資金にしていた。「ろくな死に方しませんよ。詐欺師ってのは、最低の生き物なんですよ」というように日陰の人生を歩いている2人の娘と武沢を救うため、残りの人生を捧げた。つまり「コン・ゲームですよ」も騙しで実は「誰でも人生やり直せるよ」を描いていたのでした。武沢をはじめ登場人物は人間としての大事な感情は持っていましたし、「人生このままじゃいけない」を感じている描写もありました。

とてもよくできている」と武沢も疑問に思い、一人だけ四人を別の角度から見ている「親指」の存在に気付いたわけですが…「それ言っていいんだ(笑)」と思いました。「透明カメレオン」も「片眼の猿」もそうですよね、「よく出来過ぎ」でしたよ。これを斬新と捉えるか、ルール違反と捉えるかはそれぞれですが、僕は楽しく読めたので「まぁ有り」です。映画だと「○○○・○○○○ル」も夢オチ系というか、「な~んだ」と思う人は納得いかないですよね。ただラストの40ページまでの「コン・ゲーム」を「これもしかして…」と気付く人はいなかったはずですし、「あなたも騙されたでしょ、楽しめたでしょ?」でいいと思います。

また盗聴器・プリペイド携帯・隣の部屋を駆使して、ヤミ金組織を騙し大金を奪う「アルバトロス作戦」は貫太郎の行動も含めてハラハラドキドキの素晴らしい場面で、今作のヤマ場でしょう。この作戦を文字にすると「貫太郎の立ち位置」「姉妹の動いたタイミング」「袋の中身・どこに置いてた」など「ちょっと分かりにくいかな…」は思いましたが、それでもこれ以上の文量を掛けるのは「説明がくどい」とか言われそうですからね。今作は映画化もされていて僕は見ていないですが、この場面が映像ではどうなるのかな?は気になります。興味のある方はそちらもぜひ。

ラストの「無数の桜の花びらの向こうで、沙代が笑った気がした」……え?急に(笑)途中で出ましたっけ?350ページくらい出てこなかったような

まとめ・考察

「武沢は姉妹に父親のことを伝えるか」

「話してもらいたくねえんだろ」がありますし、これは直接伝えることはないと思います。どうせ伝えるならテツさんの死の前に会わせていたはずですし、「病室で最期を看取ったのは、武沢一人きりだった」とあるので。ただテツさんの思いに反して伝えてもよかったのでは?とも思います。電話でまひろに「二人の苗字は河合だよな、母親の旧姓なんだよな」と聞いたため姉妹が何かを感じ、いずれ父親のことを調べだす可能性はあります。その時は変な電話をしてきた武沢に真っ先に聞いてくるでしょう。その時武沢はなんと答えるのか?その時は父親のことを打ち明けると思います。なぜなら武沢が真相にたどり着いた時にテツさんは全てを話したからです。

「詐欺師の話に本当のことなんてあるのか?」と酷いようですが、こういう見方もあります。結局は詐欺師であり何も信じちゃいけない、と。映画だと「○○ント」ですね、これを言い出したら何も進まないのでこれ以上はやめときましょうか。

「貫太郎とは何だったのか」

太っちょでオドオドしてたり、マジックはすごかったり、意外と鋭かったりしましたね。「詐欺師らしく、頭で闘いましょう、勝算は十分あります」と言ったことで全員がやる気になった場面が今作の前半後半を分け、ゲームの始まりを印象付けるセリフでした。「騙されたことに気付かないのが詐欺、気付くのがマジック」という妙に核心をついてくる。深読みすれば偽ヒグチは騙されていたことに気付いていた、気付いていなかったのは武沢・姉妹・貫太郎だった…まさか貫太郎もテツさんに雇われていた?やひろと貫太郎の出会いはわからない、「先月から姉妹のアパートに居候」もタイミングが良過ぎる?ただ武沢が貫太郎に合図を出し間違えた場面は確かに「汗が一滴、後頭部を垂れ落ちる、手のひらで拭いながら」とあるので武沢のミスであると考えるのが妥当。予想外の事態が起きた方が武沢・姉妹を慌てさせ、この大芝居を信じ込ませることに繋がる、それを狙って貫太郎はテツさんに指示で間違ったタイミングで銃を出した、はさすがに考え過ぎですね。

「トサカの仕掛け」

実は「ぬいぐるみ、貫太郎特製の鶏肉入りラーメン、ホールトマト」でしたが、武沢はひと目見て「白い毛皮とトマトと鶏肉をやたら混ぜ合わせたような」ですから合っていたんですね。ビニール袋から首輪を取り出したのはテツさんだったり、ここまで矛盾なく書けるのは流石です。ただ玄関開けたら急に飛び込んできたり、家の裏のボヤ騒ぎの時に四人の目を盗んでトサカを段ボールに入れて草むらに置く、トイレで偽トサカビニール袋を作ったのはいいとして、窓から玄関前に投げた……飛び散ったりするでしょ、うまくいき過ぎでしょ(笑)どういう間取りかはわからないけど、四人と住んでて出来るか?

長々と書いてきましたが、以上です。細かいツッコミなどはネタってことでお願いします。ハラハラドキドキの展開、どんでん返しと満足の一冊で、ついでに夢オチ系とも言えますかね。「コン・ゲーム」という言葉は今作で初めて知りましたが、この手の作品は面白いですよね。「スティング」や「コンフィデンスマンJP」「オーシャンズ11」など好きな人に薦めてみてはいかがでしょうか。

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